刺繍 院生作品

鎌田 ゆり

『足跡』

こぎん刺し | 麻布・綿糸 | 90×120cm 2点

私はこぎん刺しの技法で、雪についた足跡をイメージした着物を制作した。自分の故郷である青森の冬の魅力を地域の伝統の技法で表現したいと考えたからである。刺繍は昔から世界各地で行われてきた。そのため、構造が似ていて一見同じ技法のように思われるものが多く存在する。地域の伝統の技法で表現したいと考えたからである。しかし、どの技法もその土地の文化や風土に影響を受けて発展してきたため、それぞれに異なる背景を持っている。こぎん刺しは、江戸時代に青森県で生まれた刺し子の技法のひとつである。麻の反物しか着てはいけない制約のもとわずかに手に入る綿糸という限られた材料で布を補強し、着物の保温性を高めようとした。菱形を組み合わせた模様は、織物のように効率良く全体を綿糸で埋めるために導き出された形だと考えられる。私は刺し糸で全体を埋められることと、刺していると布が柔らかくなることに興味を持ち、刺す部分と地が見えている部分との対比で図柄を表しながら、身に纏うものを作りたいと考えた。
モチーフに足跡を選んだのは、寒くて暗い印象を持たれることが多い冬にも、心躍る瞬間があることを伝えたかったからだ。地面に足跡が残る様子は、雪が降ることによって見える特別な景色のひとつである。私は幼い頃から、人間のものとは違う大きさの足跡を見て、どんな動物がどこから来てどこへ行ったのかと想像するのが好きだった。今回の作品は、足跡がある2つの場面を色を変えて制作した。一方は積もったばかりの雪の上を一匹の動物が歩き回っている様子を、もう一方はその動物が人間のいる場所に現れて駆けていった様子を描いている。見た人に足跡を巡っていく情景を想像して楽しんでもらいたいので、どちらの作品も足跡を具象的な形で表さず、また配置が単調にならないようにした。色は彩度を抑えることで、こぎん模様を刺している部分と地の部分との対比で図柄を表しているという点に注目してもらいたいと考えている。さらに背から前身頃の裾に向かってグラデーションになるようにし、描かれている風景に広がりを感じられるようにした。こぎん刺しはその素朴さに親しみを覚えるとともに、計算されつくした模様の配置や色による見え方の変化など、奥深さも感じられる技法である。今後も技法の研究を続け、青森の自然の魅力を表現していきたい。